名前のない想い

今の自分が健人さんについて思っている気持ちこそ、まさに文字通り「名前のない想い」だなと最近思います。もしわたしが今も健人担だったとしたらそれは担当への愛とかなにかもっと具体的な言葉に変換できますが、わたしはもう健人担ではありません。でも健人さんを担当していた歴史(大げさな…)がある以上自分にとってまったく接点のない存在でもないのです。また、今は「健人担」ではありませんが、健人さんのことを「元担」だと認識したことは一度もありません。「元」という言葉を遣うと健人さんに関することをすべて過去の棚にしまい込んでしまうような印象を受けて、なかなか合致しないんですよね。

人によっては、担降りしたあともう担当ではない人について言及することは不快でしょうし(特に健人担ならなおさら)意見は様々だと承知していますが、わたしは今でも健人さんのことを考えます。それはどう誤魔化しても仕方の無いことです。だからいま、もう一年になるこの折に少し健人さんの話をまとめようと思いました。

改めて自分のブログを読み返すと、新春の感想を書いていないですね。新春コンサートの数日後に担降りしたのでなかなかまとめる機会がなかったというのが言い訳なのですが、今書こうにもものすごく断片的な記憶しかありません。

まず元旦早々りょこさん(@ryoko_mscf)にLINEをしました。勝手にお名前を出して申し訳ない気持ちでいっぱいですが、りょこさんは当時わたしの交流させていただいていた中で健人担でありJr.に推しのいる数少ない(というか多分唯一の)方でした。

確かそのころ淀川くんが退所していて、初めて「退所」が脳裏にが浮かぶようになったんですよね。わたしは健人さんのJr.時代を今のような形で応援したことがなかったので、正直「こわい」と感じていました。いつかふっと瑞生くんがいなくなってしまったらどうしよう。ずいぶん失礼な話ですが… でも2013年は受験生ということもあり区切りが良い分いっそう不安でした。「健人さんを好きなのも本当で瑞生くんのことを応援したいのも本当なのに健人さんのいるところで瑞生くんのうちわは振れない」「厳密には振れない、というよりその余裕がない」「でも如恵留くんに魅力を感じているのも事実だし、仮に瑞生くんがいなくなったとしても自分はそうやって新しい捌け口を見つけては上手に切り替えられてしまうのかもしれない」という旨の話をしていて今読むといやいや勝手にしなさいよ!何言ってるの!って感じで人を巻き込んだことに自己嫌悪です。りょこさん、あのときはお付き合いいただいてほんとうにありがとうございました。

わたしは担当以外のうちわを振ることを否としていたので新春を前にとにかく思い悩んでいたのです… 2012年のクリスマスイブに書いた記事にもありますが、2012年フレッシュJr.コンサートで初めて担当以外のうちわを振りました。でもそれは「これが最後だから」という建前があったからです。今回はそんな建前はありません。実際前日のJWの情報から瑞生くんはJW組だろうと思っていたのですが「もしかしたら」「万が一」の思考は棄てられず、瑞生くんのうちわを振るという選択肢を打消すこともできませんでした。

出した結論は
「Jr.コーナーでは瑞生くんのうちわを振る」

さて当日… わたしの新春コンサートはすべて横浜アリーナです。実はこのとき初めて横アリの全公演に参加しました。担当と公言するのをやめてしまっていたけれど、きっと健人さんをたくさん見ればまた「健人担です!」って言いたくなるだろうと思ったからです。まだ健人担にしがみついていたかった。

三日間は事前に予想していたよりもずっとしあわせでした。というのも余談ですが既に大阪のコンサートを観た人の感想は(あくまでわたしの印象ですが)ひどいものでした。蒸し返したくないくらいには苦い思い出です。

今でも記憶に残っている景色がいくつかあります。

実は幸運にも1公演はメインステージ下手最前列が当たり、いつもの席(スタンド…)では見えないようなアレコレを発見することができました。まず「We can be one」の炎の演出。あれは月並みな言葉ですが芸術的でした。わたしの座席からはちょうど健人さんに被って炎が噴出していたので 炎の熱で体温は上昇し、炎が噴き出すたびに健人さんの姿は一旦消え、次いで揺らめく炎の間に健人さんを見ました。偶然にしろなんて美しい光景だろう… 目を奪われました。我ながらばかげた考えですが、健人さんにはこういう幻想的なシーンがよく似合うと本気で思いました。(あと間奏のダンスを踊る健人さんは単純にすごくかっこよかった。)

もうひとつ忘れられない姿が「名前のない想い」

新春ではMCの途中でこの「名前のない想い」を歌っていました。実はわたしがこの曲を初めて聴いたのは既に発売されていたにも関わらずCD音源ではなくJWで、ファーストインプレッションが生という貴重な体験(一般的にも貴重かどうかは知らん)をした曲でもあります。そういう体験もあってまずこの曲自体が特別です。

「聴いてください、『名前のない想い』」

と、簡単に曲紹介をしたあと少し暗い中イヤモニを直しながら一歩下がる健人さんの優しい表情、そしてまた前に一歩出てマイクをスッと持ち上げるときの凛々しい表情が、スポットライトで煌煌と照らし出されました。やっぱり美しい光景だと思いました。本当に本当に忘れられません。忘れません。きっとハイテクな双眼鏡を持っていたらどんな座席からでもステージのライトが細くとも、この表情の変化を捉えられたのだろうと思いますが、それをこの目以外の何も通さずして見られたことがどんなファンサービスよりも、その席で嬉しかったことです。

そういえばこの演出については特にわたしの周りではネガティブな意見が多かったです。ファンがタレントのなすことすべてに頷くべきだと思っているわけではありませんし、否定意見の多い中肯定的に見ている自分に酔いたいわけでもありませんが、映像化されてから改めて「今思うと良かったよね」なんてと言われるとわたしも聖人ではないので「なんかなぁ…」と思ってしまいます。「Teleportation」の演出も揶揄されることが多かったですが、ああいう乙女ゲームのような演出も個人的には好みですし(ただ、作中の「健人」が会いたいと思っている人に会えないことは、わたしにはすごくつらかったです… 何度見ても「『健人』の電話の相手ははやく電話に出るべき」と思っていました。)衣装も似合っていました。

なんかあんまり新春関係ない話になってしまいました。

健人さんのことを考えるといつも「切ない」感じがします。あ、念押ししておきますがわたしは今も昔も彼に対して恋愛感情は一切抱いていません。でも「切ない」んです。感謝祭でまさに背後で「君と… Milky way」を歌う健人さんを振り向かずに聴いたとき、少年倶楽部で「名前のない想い」を聴いたとき、なにかで健人さんの姿を見たとき、全部「切ない」です。自分でも気持ち悪いけど正直なところだから仕方ないです。好きに笑ってください。

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これを書きながら「A MY GIRL FRIEND」を聴いていましたが、「キミはキミが思うよりずっとキレイなんだ」という歌詞でつい手を止めてしまいました。きっとわたしにとって瑞生くんも本人の目に見えるよりずっと魅力的です。専用フィルターがあるからね。

そして勝利くんのソロかと思っていたら突然健人さんの声が耳に入ってすごくびっくりしました。やはりこのときも手が止まりました。わたしは健人さんの声が好きです。健人さんに関して何が好きなのか具体的に挙げられないと思っていたけど、声は好きなところだと確信しました。一番好きな歌詞を健人さんが歌っていたことも全然関係ないのに勝手に嬉しかった。

健人担を棄てるとき、もう戻ってくることはないと強く思いました。今も担降りについて未練や疑い悔やむ気持ちはありません。だから再び健人担になることもきっとありません。でも変わらず健人さんは「好きな人」です。

自己満足ですがすべて言葉にできてほっとしました。