そっと、もっと。

すごーい!たーのしー!

初めてのこと

Live House ジャニーズ銀座2014 Johnny's Sound@シアタークリエ
2014年5月7日・8日

ログ見た感じ、2014年3月24日だったかな、クリエの発表を携えたメールが配信されました。そこに瑞生くんの名前がありました。「ジャニーズサウンド」という新しいユニットの名前とともに。メインでクリエをやるのは初めてのことだと思います。2013年は中山優馬くんのクリエか SexyZone Japan Tour に出るんじゃないかと噂されていましたが結局その時期に仕事はなく、2012年はA.B.C-Zやnoon boyzの後ろで踊るJr.として出演していました。このとき雑誌には小さい写真が載りましたが、名前は記載されていませんでした。2011年…って2012年以前は知りませんがおそらく2010年のクリエ時期に雑誌に載っていたので、やっぱり出演はしていたんじゃないかな?

ファンとしては、念願のユニット。他のメンバーを鑑みるにバンドとしてドラムを担当するのかな、と予想。最近そういう機会が多いですね。そのときも変わらずわたしは海外にいたんですが、初めてこの新しい仕事を心から喜べませんでした。2013年の夏に何もなかったことも忘れられたし、ドリボの出演もトニトニもなにわもセクゾンも、どれもモヤモヤしながらそれなりに喜べたけど、これだけはどうしても切り替えられませんでした。言っても仕方のないことなんですけどね。GWのSecond Tourに続いてクリエだったので、どうして昨年やってくれなかったんだ、と自分でも誰か分からない相手を責める気持ちもありました。*1

この時期はバカンス前で繁忙期だったこともあり、精神的にキツイ状況だったんですが、そこにトドメをさされたようなそんな気持ちになりました。(被害妄想甚だしいと自分でも思う)でも本当に全部が全部仕方なかったんですよね。自分がそうやって我が儘な気持ちになったことも、当時はそんな自分が許せなかったんですが、今思うとすごくギリギリのところにいたんだろうなぁとしみじみ思います。この時期、日本へ帰国する夢を何度も何度も見ました。その度に夢の中でやるべきことを放置して自分の快楽を追った愚かさを呪い、罪悪感に嘆いていました。そして夢から醒める度にこれが夢で良かったと泣きました。もうその時点で気持ちは固まっていたと思います。

海外へ行くことは自分で選んだことですし、Jr.の仕事だって当然ながらわたしを基準に決められるわけではありませんし(笑)、きっとこれが2014年だろうが2015年だろうが初めてのことは増えるに決まっているんです。見られないことだってまたきっとあります。わたしは気持ちの上では趣味*2 だけを追いかけていたいのですが、現実はそうはいきません。でもこのクリエをきっかけに、それでもいいと思えるようになりました。わたしはもう趣味のためにタスクを捨てたりその優先を下げたりはできませんし、したいとも思いません。自分の理想は何をも犠牲にして追いかけることでしたが、そうじゃなくても続けられる気持ちもあるんだとこのとき実感しました。

そう思うと、クリエでもなんでも見に行けなくとも新しい仕事は喜べるようになりました。観に行けるときに全力で観に行こうと思います。

*1:昨年はセクゾンにもクリエにも出演しませんでした

*2:つまり瑞生くん